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住職日記

平成24年2月17日(金) 安国寺パンフレット

安国寺のパンフレット、印刷屋に頼んであったのができたので取りに行った。自分では地図はパソコン上では書けなく印刷屋に書いてもらった。印刷屋に聞くと、特別のソフトがありそれで書くのだという。1000枚である。お通夜が一番人が来るので、玄関先で配る。今までも手書きの地図入りのパンフレットを配っていたが地図が汚らしく、自信がなかった。今度は堂々と配れるとおもう。
 船橋別院、夜6時、梅沢さんの通夜がおこなわれる。

平成24年2月16日(木) 船橋別院 葬儀

17日、18日と通夜、葬儀が入っているが16日はあいている。ふぁみりーどの家崎さんが16日、1日だけということできた。朝8時である。馬込斎場の釜が朝9時にやっととれたという。

平成24年2月15日 船橋別院 葬儀

 ブログ書くのを1っか月も怠けてしまい、この1っか月に書かなければならないことはたくさんあったろうに、それを飛ばして今日からまた書き始めた 。今日は       千葉市の葬儀屋さん、おがたさんさんが1日だけということで朝9時に葬儀始まりで使うことになった。倅夫婦二人だけの葬儀だった。今の葬儀は参列者がすごく少ない。

平成24年1月18日(水) 船橋別院 通夜

  夜6時、吉田さんという人のお通夜、管理の木島さんに安国寺のパンフレットをせめて5人くらいの人に渡して安国寺住職を使ってくれるように宣伝してくださいと頼んだ。

平成24年1月17日(火)  船橋別院 葬儀

  堀切さんという人の葬儀、12時から13時40分まで。14時の釜、火葬場までの時間がたった20分の設定だが歩いて2-3分なので時間が節約できる。さらに良いことにマイクロバス代もかからない。我ながら安国寺はよい場所にあると思う。

平成24年1月16日(月) 富里本院 葬儀

安国寺で小高さん昨夜の通夜に続き、10時から葬儀、10人くらいしかいない。埋葬まで済ませた。
 夜6時、松坂家の通夜、このごろ珍しく自宅で行われた。今日も1日中寒い日だったが、松坂家の家の中は暖房が程よくきいてい暖かく気持ちがよかった。家の中は人でいっぱいだった。読経が終わり挨拶をして庭に出たら、男の人に「こちらに席が設けてありますので」といわれたのでいくとお江戸という小料理屋さんだった。おでん、漬物、鶏のから揚げ、てんぷら、すし、なんでもすごくうまく料理はよく研究して作ってあるという感じがした。
 明日は11時より松坂家で葬儀

平成24年1月15日(日)  船橋別院 老人ホーム

中村家の葬儀は老人ホームをやっている住職さんが来ると聞いたのでその住職さんに老人ホームのことを聞いてみた。必要な仕事であるし社会的地位も高くなるが相当のノウハウがいるし自己資金もかなりいる。すぐにいっぱいになるとのこと。彼は老人ホーム25、保育園、幼稚園5つ持っているとのこと。
 老人ホームいまは満開であるが、これからそれをまねて行うことは遅く芳しくないかも。グリーピース、その他の種をその花が満開の時期に、あるいは収穫期に種をまいてみたことがあるがとてもうまくいかない。それに似る可能性がある。今日の住職のようにすぐれた人ならばできるかもしれないが私のような凡人には荷が重いであろう。

平成24年1月4日(土)  船橋別院 床の黒い線

  お堂の床は靴底のゴムが床のフローリングに黒い線を引いたようにいたるところについている。ガソリンを布につけてごしごしこすると取れるのもあるが取れないのもある。1時間ばかりやっていたが、葬家中村さんの関係者たちが来たのでやめた。

平成24年1月13日(金)仏教語、卵塔

  卵塔ということばがある。これはお墓のことである。鎌倉時代頃より僧侶のお墓として埋葬した場所に土をもってその上に卵形の墓石を載せておくという方法が行われるようになった。なぜ卵形というと当時はたがねとのみくらいしかなく、角ばった石にするのは難しく、角が欠けてしまい、結局丸みを帯びてしまう。いっそ卵形ということになったのではないだろうかと思う。
  当時は人がなくなっても土饅頭をつくってそのうえに藁や杉の葉を載せて、火をたくくらいだった。石などは偉い人でない限りおかなかったが、僧侶たちだけは目印として石をおいた。いつの間にかその石が増えて、卵形の墓石のあるところすなわち卵塔、卵塔場となった。今でも僧侶の墓は上が円いのがよく見受けられる。お墓では塔婆が倒れ掛かっていたり倒れていたり、乱れているのを時々見る。これを称して乱塔場だと当て字をする人もいる。

平成24年1月2日(木)  船橋別院、葬儀

9時30分、佐々木家葬儀、日蓮宗だが私の出番がない。

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