2012年2月
平成24年2月29日(水) 船橋別院 葬儀 エレベイター点検
昨夜に続き、11時30分より葬儀、参列者は約30人、雪が5センチくらい積もり、駐車場の雪かきをし来る人が滑らないようにした。
12時45分からエレベイターの点検が始まった。エレベイターを止めて点検なので葬儀が終わってから始めてもらった。約1時間かかった。
平成24年2月28日(火) 船橋別院 水子供養 お通夜
2時、水子供養、たいてい恋人同士か夫婦二人で来るが、今日の水子供養は30代の男性二人で来た。いつも始める前にお名前を書いてもらうので名前を書いてもらったら、2人とも違う姓なのでそれぞれの方に水子がいる人たちとわかった。椅子に座ってもらい、霊を呼び出し供養した。
夕6時、お通夜、50人くらい来た。
平成24年2月27日(月) 船橋別院 葬儀
昨夜の通夜に引き続き、9時45分から10時45分まで葬儀、11時馬込斎場で荼毘。
平成24年2月26日(日) 富里本院 水子供養 船橋別院、通夜
11時から石さんの水子供養、千葉市から男女二人で来られた。大体が男女二人で見えるので、恋人同士かと、しかし女性が年を取っているしと思ったら母親と倅さんだった。お堂で読経をして、境内の観音様にお線香、お塔婆をあげ供養する。
夕方5時、船橋別院でお通夜。
平成24年2月25日(土) 富里本院 黒木家三回忌
富里安国寺で、黒木家の三回忌が行われた。お寺での法事は出かけなくてよいのと車の置き場の心配がないので楽である。供養が終わり墓地へ行く。お塔婆、お花、お線香等あげ雨が降っていたので傘をさして読経して帰る。
平成24年2月24日(金) 安国寺パンフレット
新しくできた安国寺のパンフレットを習志野にいる姉のうちに届けた。船橋別院から車で20分くらいなので行くのに楽である。電話をしておいたのでお茶の用意をしておいてくれた。パンフレットと自分で今日作ったクルミパンと落花味噌をもっていった。こたつに入りお茶を飲みながら話をした。パンフレットを見てよく作ったね、馬込斎場は三回くらい行ったことがあるからあの辺知っているよという。パンを自分でも味見してみたらうまいしあねもうまくできているねという。
母親のことや戦時中のことの昔のことを語り合った。なぜかというと、今おれは、子供のころの思い出を少しずづ書いているんだよ。ねいちゃんも書いてくれないか、戦時中のことを知っているのは、もう、ねいちゃんしか誰もいない。軍隊が駐留していたことや俺たちの知らないことを書き留めてくれないかと。本当の兄弟の家は気が付かれなくていい。一時間くらいいて帰途に就いた。
平成24年2月23日(水) 船橋別院 葬儀 納骨
11時から馬込霊園の納骨堂で大崎さんのお納骨がある。お骨は富里本院にあるので車に積んでいった。船橋安国寺によるために8時に富里を出た。9時過ぎに安国時についた。花屋さんがいたので葬儀はどうしたのと聞くともう終わりましたという。斎場の釜がとても早いのだそうである。大崎さんの納骨が終わったら、安国寺を案内することになっているので,二階の会食室でお茶の準備をして、鍵を閉めて馬篭霊園へ行った。大崎さんの娘さん二人と倅さん一人が待っていてくれた。お堂の中に入り,一階でお花をあげ、お線香をあげ、経を読み、供養をして二階へ上り、お骨を子供さんたちの手でさすってもらいそれから箱の中におさめて階下へ降りた。外は本降りの雨。
馬込霊園から船橋別院まで1キロメートルくらいなのですぐに到着した。お堂を見てもらい二階ヘエレベーターでのぼり茶菓の接待をした。いいところですねと褒めてくれた。お世辞でもうれしかった。12時過ぎ鍵を閉めて帰った。
平成24年2月22日(火) 船橋別院 通夜
夕方6時より、大西家通夜
平成24年2月21日(月) ほっけ
ほっけという魚がいる、ある。北海道でとれる魚であると聞いている。さんまより少し大きくスーパーでひらきにして売られている。時々買って食べているが、なかなかうまい。この魚は明治時代の初めころ北海道に渡った漁師たちはこの魚が網にかかると、まづくて食べられないと、海辺で捨てていたそうである。日蓮宗、当時は法華宗(ほっけしゅう)といっていた。法華宗は新天地、北海道へ盛んに開教師を送り込んだ。開教師はわずかのお金を持って布教に行ったのであるが、やはり食べるものがない。海辺に行くと魚が捨ててある。この魚を拾って煮たり焼いたりして食べたら腹が減っていたのでうまかった。法華(ほっけ)の坊さんたちは、 布教のあいまにこの魚を食べるように勧めてあるいたそうで、いつのまにやら名前のなかったこの魚にほっけという名前で呼ばれるようになったそうである。このことは、ずいぶん昔に大法輪という雑誌に載っていたのを読んだものを思い出して書いたものである。ほっけという魚スーパーでは職人の技術でうまく仕上げましたと紙が貼ってある。そのくらいだから何らかの加工をしなければまずくて食べられないのであろう。
現在、北海道には日蓮宗の寺院は200か寺を超える数がある。ほっけの時代からの寺院が多いと思われる。大変な苦労の結果だと思う。ほっけという言葉は今でも在家の人に「日蓮宗です」というと「ほっけか?」と聞き返されることがある。ほっけという言葉はなじみのある言葉であり今でも日蓮宗から法華宗に戻ろうという人も少なからずいる。
平成24年2月20日(月) 船橋別院 葬儀
今日の葬儀は一日のみの葬儀である。参列者は10人ほどであった。浄土真宗であった。
富里では、西南協心社で昨夜のお通夜に続き11時から葬儀をおこなった。











